思考のキャンバス -文化とアートと社会と自分についての記録-

文化・アートと社会のつながりについての思考録です。また、影響を受けた本・音楽などを取り上げて、自分自身に関する思考録も行います。

なぜ、私はアイドルにハマったのか -文化とアートと社会に関する思考録- _181127


つい1年前まで、ただひたすらにとあるアイドルさんを追っかけていた。余暇時間の9割近くはアイドル現場に費やしていたと思う。近くの現場はもちろん、名古屋や大阪も当たり前。なんならCDシングルリリースのイベントの1時間だけのために兵庫まで行ったことすらある。

同じアイドル界隈に生きる人からしたらこれくらいの活動力のある人はうじゃうじゃいる。むしろ私のはまだヲタク活動としては大したレベルではない。

だが、そこにいたことがない人からしてみると、何がそこまで人を動かすのか全く理解できないだろう。

私自身もそういう世界にハマったのは、生まれて20年以上経ってからだ。それまでは全く興味を持つことなどなかったので、そんな自分に驚いてもいた。



最近はすっかり落ち着いてしまったものの、行きたいと思わなくなったわけではない。ただ自分の中で、今は写真活動や、他のことに注力したくなったため、お金と時間をかける優先順位としては少し下がってしまったからというのが本音ではある。



そんな少し落ち着いている時にこそ、改めて考えたいことがある。

なぜ、今まで興味が湧くことのなかった世界へ、あそこまでのめり込むことができたのか。

今日はそんなことを考えて、文字に綴ろうと思う。


私にとって未知の世界であったこのアイドル界隈で触れたこと、感じたことをあらためてまじめに考えてみた。
それが曖昧なままでは非常に勿体無いので、こうして文字を綴ることで少しでも可視化したいと考えている。


なお、あくまでもこれは、私自身の活動の中で身につけた個人の考えであり印象であることから、これが必ずしも均一的なスタンダードではないことは先に申し述べておきたい。



なぜ私がアイドル界隈に強く惹き込まれていったのか。
結論からいうと、そこにはとても強い「コミュニティ」と「インタラクション」があったからだと思っている。



強靭かつ開放的なコミュニティ


ヲタク活動の基本スタイルは、ライブで盛り上がったのち、特典会で自分の推しと会話したり、チェキを撮ったりするというのが一連の流れである。


はじめは当然、知らない誰かばかりで、楽しむのも何をするのも1人である。
しかしこれが、1人でも知り合いができた瞬間に、関係構築の連鎖反応が生じて、爆発的にコミュニティが形成されるのである。言い替えると、もともとある強靭なコミュニティの中に入るのには、同じ空間にいる1−2人と挨拶を交わし、よろしくお願いしますとなるだけでいい。


これは、普段の生活の中ではとても考えられないことである。


隣人がどんな人間なのかもわからないことが多くなり、コミュニティの希薄化という地域課題がそこかしこで叫ばれている現代社会に対して、アイドル現場は、週末に一度、勇気を出して一歩その空間へ足を踏み入れるだけで、歓迎されるコミュニティに混ざっていくことができるのである。

ぼくらが出会う前の日曜日は こんなにも優しい気持ち 知らずにいたんだ、と思わずにはいられない。



人と人の関係の強さを資本として捉える「社会関係資本ソーシャルキャピタル)」の考え方によれば、複数人で構成される「集団」は大きく2種類に分類できるとされている。

  1. bondingタイプ:結束力が強く閉鎖的な集団
  2. bridging タイプ:結束力は弱いが、他の集団とも橋渡しすることができる集団

上記のようなコミュニティ(ここではアイドルコミュニティと呼ぶこととする)は、基本的にはbridgingタイプに該当すると考えられる。しかし、このアイドルコミュニティは、bridgingタイプ特有の開放性を持ちながらも、bondingタイプレベルでの結束力の強さを有しうる可能性を秘めていることが考えられる。


ライブやイベントの回数に応じて、アイドルコミュニティへ参加する機会は比例して多くなる。アイドル界隈ではそのイベント数が週1ー2回は平均的にあり、多いときは週に7回以上ある(つまり1日に数回イベントがある)ことも珍しくない。ここまで集まる機会の多いコミュニティは決して多くない。そう考えると、他のコミュニティと比較しても、集団としての結束力が明らかに強くなりやすい。その分、bridgingタイプだとしても、結束力の平均値がイベント数に応じて高くなっていくことは想像に難くない。



ライブやイベントは毎回場所も時間も異なり、その範囲は全国各地であるため、全員が必ずしも毎回集うわけではもちろんない。さらに、アイドルコミュニティはbridgingタイプではあるので、コミュニティを構成するメンバーは流動的である。新しい仲間が増えることもあれば、去っていく仲間もいる。



しかし、全国各地で展開されるからこそ、コミュニティが一定の地域に集中することなく、全国に点在するようになり、結果としてどの現場に行っても、必ず誰かしら知り合いがいるというようになるのである。むしろ、ある地域でしか会えない仲間に会うこと自体が目的にすらなることだってある。わたしを旅行につれてってと導かれたかのように。

さらに、構成メンバーも流動的であるからこそ、コミュニティを広げる動機を生み出すことにもなるし、惰性化しにくい仕組みにもなっている。



なお、ここでは自身の経験から「アイドルコミュニティ」と名付けていたが、必ずしもアイドルに限ることではなく、あるコンテンツを媒体として、それを好む人々によって形成されるコミュニティであればどこでも同じようなことは起こりうる。


ただそれでも、アイドルコミュニティにおいて強みとなるのは、コンテンツが「アイドル」という確立したキーパーソンであるということである。


これは「インタラクション」の話にもつながってくる。


アイドルの活躍の幅が広がったり、人気がさらに上がったりするには、ヲタクやファンの応援が欠かせない。それは今も昔も変わらないが、SNSやインターネット、SHOWROOMなどのストリーミング配信サービスが普及したことにより、「応援」するための手法が多様化し、応援それ自身がより強い力を有することになった。


自らの応援が、好きなアイドルがさらに素晴らしい舞台に立つことにつながり、仲間とともにさらなる高次の体験を得ることができる。それをアイドルに感謝し、再び応援に力を入れる…。「応援する」という行為を通して、自身の好きなアイドル(=コンテンツ)がさらに成長し、夢に近づいていっている姿を見て、自身もまたより幸せになれる(=高次的体験)という好循環がそこに生じているのである。


つまり、あるコンテンツを媒体に形成されたコミュニティであっても、コンテンツそのものに成長可能性が秘められているか、成長した場合に得られる高次的体験がどれだけ明確に可視化できるかということも、コミュニティの強靭化や開放性に影響してくるように考えられる。


その点についてはアイドルというコンテンツはまさに明確であるし、実際にそれを活動で具現化して、アイドルさん自身の成長とヲタク側の高次的体験の好循環を生み出しているアイドルさんは本当にすごい。



まとめると、

●アイドルコミュニティの強みは、①好きなアイドルという共通要素があるために、コミュニティが形成されやすい ②参加可能な機会が多く、結束力が生じやすい ③全国各地でライブやイベントが展開されるため、コミュニティが一極集中型ではなく各地点在型となり、コミュニティ間の相互交流が生じる ④流動的であるからこそ、コミュニティ内部が硬直化しにくい

これが強靭かつ開放的なアイドルコミュニティの強さである。

●さらに、アイドルそのものが、成長可能性を秘めているコンテンツであるからこそ、アイドルの成長と自身の高次的体験の追究の好循環が生じやすいため、コミュニティの活動にマンネリ化を感じにくく、参加したい意欲が継続されていくのである。


こういうことだと私は考える。




予想以上に長くなってしまったので、「インタラクション」については次回に回したいと思う。



「たかが1–2年しかまともにヲタクしていない輩が偉そうに分析なんぞしおって」という声も聞こえてきそうだが、私は、そのたかが1−2年だけでこれだけの分析ができるほど、好きがこぼれるくらいアイドルにハマることができたとも言えるので、私の推し様には本当に感謝しかない。

それにしても、こんなにもすごいコミュニティの輪に一度でも入れてもらった身としては、たとえ現場に行くことが少なくなったとしても、集まりだけは顔を出したりして(それがヲタク友達のみなさんにとって良いのかどうかはわからないけど)、ここで作った関係はこれからも大事にしていきたいなと、勝手ながらに、でも揺るぎなく思っているのもまた、本音なのである。



本日はここまで!

最後まで読んでいただいたことに、些少ながらの感謝をあなたに。